今から十数年前、家族の中に新しい命が宿った頃のことです。
その小さな命から、何かが届いてくるような感覚がありました。
まだ姿を見たこともなく、もちろん言葉を交わすこともできない頃です。
それでも私は、その命から声が聞こえてくるように感じていました。
「よろしくね」
そして、しきりに、
「ママのこともよろしくね」
と伝えてくるのです。
その頃、私はクレヨンを手にして、一枚の絵を描きました。
何かを描こうと決めて描いたものではありません。私は、感じたエネルギーをそのまま色や形にして描くことがあります。
そのとき生まれたのが、この絵でした。

あとから眺めると、私には子宮の中の様子のようにも見えます。
そして何より、この絵から私が感じたのは、とても強い生命力と、いろいろな色を持ったカラフルな魂でした。
エネルギッシュで、個性豊かで、もうすでに「この子」という存在がそこにいる。
そんな感覚でした。
やがてその子が生まれ、言葉を話すようになってからも、不思議なやり取りはしばらく続きました。
普通に言葉を交わしているときにも、話している言葉とは別に、その子が心で感じていることまで私に届いてくるような感覚があったのです。
もう十数年前のことですから、どの言葉を実際に口にして、どの言葉を心で受け取ったのか、今では記憶が重なっているところもあります。
けれど、あの頃の私たちの間には、言葉だけではない会話がありました。
まだ小さなその子をおんぶしたり、抱っこしたりして、窓から外を眺めながら、私はよく周りのものに話しかけていました。
「お空さん、この子と仲良くしてね」
「風さん、この子をかわいがってね」
「虫さん、あんまりいたずらしないで、仲良くしてあげてね」
「保育園の先生も、お友達も、この子をよろしくね」
そんなことを言っている私の背中で、その子はニコニコ笑っていました。
そして、その子が4歳になる頃だったと思います。
あるとき、こんなことを伝えてきました。
「もう、こうやってばばちゃんと話すことはやめるからね」
「人間になる練習をするの。だから、こうやってテレパシーで話していたらおかしいでしょ」
そんな意味のことを伝えてきたのです。
そして、
「ばばちゃんと離れるわけじゃないから、心配ないよ」
「ばばちゃんのこと、大好きだよ」
とも。
幼い子からそんなことを伝えられた私は、不思議な気持ちになりました。
その子なりに、この世界の中で生きていく準備をしているようにも感じました。
今振り返っても、あの頃の出来事をすべて説明することはできません。
テレパシーだったのか。
私が深く感じ取っていたものだったのか。
それを証明することもできません。
ただ私には、確かに「言葉だけではないところで、この子と話していた」と感じていた時間があります。
人と人との間には、言葉にできるものだけではなく、表情や感覚、ふと心に届くものがあります。
そして、ときには言葉になるよりも前に、誰かの存在そのものから何かを受け取ることがあるのかもしれません。
あの頃描いた、たくさんの色を持つ一枚の絵を見ると、私は今でも思います。
ひとつの命は、生まれる前から、その子だけの色を持っているのかもしれない。
私はあのとき、その色に出会っていたのかもしれません。


